1985年 第7回
エンジンは、2.6L+I/C-T/Cとなり、出力UPした。いよいよ、改造クラスにステップアップし、総合優勝を狙うとの目標が打ち出された。リヤサスは、リーフスプリングから3リンクになり、路面追従性と乗り心地大幅向上を狙った。
新デフの提言・計画
駆動系については、出力UP対応の補強が必要と判断。設計検討として、フロントは4ピニオン化(衝撃強度UP) / リヤはハイポイドギヤのサイズUPで疲労寿命向上が必要と結論を出した。ラリーチームは、当方案導入を認めてくれた。
しかし、所属設計は、量産開発が忙しく、先輩達は手を貸してくれず。やむなく、部品計画から図面作成・試作手配まで、一人で遂行すること、担当している量産開発設計は最優先することを条件で、上司からの認可をもらった。
細々と時間を工面(実際は残業で工面)して評価用の試作品まで作り上げた。運が良かったのは、トラック部門で量産しているハイポイドギヤとデフケース(内蔵デフギヤ・ピニオン)を流用することで新規開発の部品数を抑える計画が成立したこと。我ながら、あっぱれであった!
新デフの生きる道は?
短い試作期間で試作部品を揃えることに成功した。しかし、次の難関は、駆動系試験部門が新設計デフの性能評価・強度評価をしてくれないことであった。現実的に工数が無いのである。量産開発が最優先である以上、仕方がないとあきらめていた。肝入りの部品は、段ボールに入って、机の前に転がって、数週間が過ぎた。
自分を信じた結果…
とんでもないニュースが飛び込んできた。ラリーチームが組み上げた高出力エンジンを昨年の競技車に載せて、高速道路を閉鎖して加速性能と最高速度を計測した。最高速度は、185km/hに到達したそうだ。気を良くして、エンジンの耐久走行試験をワインセラーのブドウ畑で実施したそうである。
連続走行中、突然、リヤタイヤに駆動力が伝わらなくなり、車両がストップした。原因を調べたら、リヤデフのハイポイドギヤの全歯が摩耗して無くなり、フロントデフのデフ・ピニオンの歯底に大きなクラックが何か所も入り、破断寸前であった。
本社の広報部から技術センターの所長室へ連絡が入り、ラリーチームから設計部にも情報が下りてきて、大騒ぎとなった。



イメージ画像:本内容とは無関係
イメージ画像:デフピニオンの低サイクル疲労破壊(衝撃破壊でも何回もダメージが繰り返し入る)貴重な資料である。
イメージ画像:リングギヤ低サイクル疲労破壊
原因を推測してみた
不具合の写真が不明瞭なFAXで送られてきた(今なら、メールとかデータ転送で綺麗な画像が簡単に送ることができる。当時は、紙の時代。懐かしい)。
当方は理解した。これが、噂の『閉ループ動力循環問題』。パートタイム4WDの『タイトコーナーブレーキング』と言い換えれば、ピンと来る人も多いだろう。
古いJEEPのようなパートタイム4WDは、乾燥舗装路上を低速度で大舵角で旋回しようとするとクルマの動きが重くなり、下手をするとブレーキがかかったように停車してしまう。

耐久試験は、壊す試験でもある(現地の意図は、エンジン耐久性だが…)。限界速度で走行しているので、車体がジャンプする。タイヤと路面が離れても、タイヤは高回転で回り続けている。循環トルクが開放されず、短時間で再びタイヤが接地する。タイヤはロックし、衝撃逆トルクが加わる、さらに、軸上の両捩じりは残ったまま(閉ループ循環トルクは残存)。駆動系の通常発進最大トルクを超える駆動力が軸上に有る状態。軸上のどこかに高応力が集中する。
パートタイム4WDの場合、リヤデフに集中する場合が多い。ここの歯面は滑り速度が速いハイポイドギヤである。前提として、強度容量が不足していると、歯面自体が変形し、歯面同士の潤滑状態が悪くなる。
こんなにも硬い鉄鋼が変形したり、溶損したりするのは、現物を見ない限り理解できないと思う。鉄は剛体ではなく、弾性体であると教えられた。その後の設計に良い教訓となった。
新たな問題には布石がある
このニュースの少し前のことである。車両実験部から呼び出しがあった。
『試験車のデフが溶けた』 現場に行くと、馴染みの主任から『原因は何だと思う?』
ラリー車のベース量産車。試作で組み立て直後、慣らし運転をしていた。一定速度で2Hもしくは4Hの組み合わせである距離を繰り返し、目標距離になるまで走るルーチンワークである。
今回の問題では、たまたま、新人が運転していたそうだ。彼は、試験標準に忠実に運転していた。何の落ち度もない。
問題解決には情報収集が肝である
実験棟の床に置いてあるリヤデフ。真っ黒になったリングギヤの歯が溶けて無くなっている。オイルシールは燃え尽き、あるはずのオイルが無い。運転していた彼に聞いてみる。
当方『異常に気付いたのは?』
彼『運転していたら、何か臭くて…路側帯に停めてエンジンを切り、車外に出たのです。後輪あたりから煙が出ていて無線で応援を呼びました』
当方『異常発生時の運転は、2H?4H?』 ➡ 彼『4Hです』
当方『運転していて、何か気づいた事は?』
彼『2Hで走っているときに比べ、4Hにすると、なんかブレーキが掛かっているように走りが重いのです。規定車速を維持するために、アクセルを踏みしめていました。』
得られた情報から、原因を推測する
直観的に、前後デフ比が違って搭載されているのではないか?と考えた。フロントデフの歯車数とリヤデフの歯車数を数えると、見事に違っていた。
試作の組み立てミスであった。人為的に閉ループ動力循環状態で長距離実車走行をしていた。この問題に取り組んだ事が、『ワインセラーのブドウ畑事件』の原因を容易に突き止める経験値となった。損失は大きいが、『現象には必ず原因があり、それを解決することでノウハウが蓄積される。』 自分は、『駆動系屋』という響きが大好きである。 少し前にディベート好きな輩が、『政治屋と政治家』を揶揄していた。現象と実践を大切にする技術屋は、『家』よりも『屋』がしっくりくると当方は信じて疑わない。

