JEEP®の図面は、かく語りき。
車軸を例にとる。
スプラインは、『角スプライン』。熱処理は、焼入れ焼き戻し。ベアリングは、汎用タイプ。鋳物はねずみ鋳鉄で肉厚も厚い。などなど、入社当時の製造技術レベルより古いレベルの設計である。ミリ化は、単純にインチをミリにするだけではなく、最新生産技術を取り込み、設計を刷新する。アセンブリ(部品の組み合わせ)において、特に長手方向の寸法を最適化するのも手腕の見せ所であった。
計画図の奥深さを知る
いろいろと検討していくには、まず、現状を把握する必要がある。構成する全部品の図面から、寸法を確認しながら、『自分の手書きの計画図』に形状を置き換えて描いていく。当方は、この時間がとても楽しい。と言うのも、『先人は何をポイントに設計したのか?何を実現したかったのか?』を、真っ白なトレーシングぺーパーの上に線をつないで図として描き起こしていくことで、紙に置いた鉛筆の筆圧と両目を通して入る全体像から、脳内に『自分の疑問の回答を見つけていく』のである。
計画図を描くことは、組み立てられた部品の機能・強度など、多くの情報を知ることができる。回転体と被回転体との隙間とか、長手方向のスプラインの噛合い長さなど、強度や隙間の確認もできる。実際の部品では、中の様子を知る事ができないので、隙間やスプラインの勘合長さなど、重要なポイントを視覚的にも確認できるメリットがある。
『計画図を描くこと』は、設計者だけに与えられた特典だと思う。
図面には、答えがちりばめられている…それを理解する出来事があった。
当方は、現役時代、JEEP®のデフキャリア(歯車箱)の図面(もちろんコピー)を座右の銘ならぬ『設計のバイブル』として脇に置いていた。なぜかと言うと、『困ったときに、ほぼ90%、その答えを見つける事ができたからである。』 ただの線と数字と文字と記号が紙の上に絡み合っているだけが図面である。新人の頃は、その三面図から実像を頭の中に形作るのが困難だった。当時、先輩が話してくれた『現物を見るよりも図面を見た方が形状を理解できる』が、理解できなかった。設計作業を積み重ねるうちに、先輩の話してくれたことが分かるようになった。当方は、この図面を側に置くことにより、大きな気づきを得た。何度も何度も同じ図面を見ていても、『どうして、この部分はこんな形状をしているのだろうか?』と思う箇所があちこちに存在する。『自分なら、こんな形状設計をするだろうか?』 『鋳造しにくいのに何でこんな形状に設計したのだろうか?』
その答えが分かる事がたびたびあった。
『問題意識を持って、図面を眺めよ!』
FR-SUVの開発のとき、『4WD走行で、フロントデフブリーザから油が漏れた』不具合が発生した。もともと、FR-乗用車のリヤ独立懸架用に当方が設計したリヤデフを4WD前輪駆動用に担当設計者が流用して設計して搭載されていた。新人設計者の時、リヤデフでブリーザからのオイル漏れを経験し、対策した苦い思い出がある。特許を取り忘れたのが今でも惜しい。当時の当方は、FR-乗用車とFF4WD車のリヤ駆動系の駆動系担当であった。
さて、設計担当者から相談を受けた。不具合部品を調査して原因が分からないので、協力して欲しいとのこと。リヤ用は、当方の設計であり、フロント用は、エンジンルーム下面に搭載するので、オイル供給路とオイルリターン路の配置が異なる。基本構造は同じである。頭の中で、オイル流れを想像する。リヤ側で使う場合の後退方向を前進方向で使うのが大きな違いである。大きなリングギヤ(水車と思ってみると分かりやすい)の回転が前後で逆となる。リヤデフで後退の場合、せいぜい30km/hの逆転。だが、フロントデフで使う場合は、Max.車速まで回転する。高回転であること、オイルの流れがブリーザにぶつかる方向となること。ブリーザ側での対策を考えてみた。効果抜群であった。
JEEP®の図面フロントデフとリヤデフとの両方の図面を並べて眺めてみた。と言うのは、JEEP®のリヤデフとフロントデフのブリーザ側は同じであり、当方がブリーザに加えた対策が無いからである。そのとき、両方の図面をじぃーと見つめ続けた。何分か経った頃、『ある部分に形状違いがあることに気づいた!』頭の中でオイル流れを想像する。『なるほど!戦争中のアメリカ人設計者は、こう考えたのね!』 まさにコロンブスの卵である。
さっそく、その部分を我らがフロントデフに付け足して台上試験をしてみた。『見事である!オイル流れが変化した。ブリーズ部分へのアタックも減った。最高回転数までブリーザからのオイル漏れは無い』 当方のブリーザ部への対策は必須であるが、このJEEP®の図面から得た形状と組み合わせると完璧の対策になると判定された。
それまで、何回も何回も見ていたのに、やっと、『必要な理由が分かった』のである。 これは、一例。 自動車会社を離れるまでに何回JEEP®の図面にお世話になっただろうか!
流石に転職時、持ち出すことができなかったが、『先人の苦労や洞察力の深さ』を教えられた。 今のアメリカに製造業の底力が残っているのだろうか? 現大統領の理想には答えられる技術力は無いように危惧する。


