オイル漏れの要因を助手席で同乗調査する。

『助手席に乗って、ポリ容器を手で保持します。乗せてください!』 駆動系担当としての責任から出た言葉だった。
本音は、4WDラリー車の戦闘力を実体験したかった。4WDラリー試験車が急発進でスタートした。

足回りは、まるで直結のようだ。シートベルトで縛りつけられたお尻や背中に路面の衝撃が襲う。クルマの上下動や左右の動きに目が置いて行かれる。
エンジンの雄たけびとオイル臭い粉っぽい空気に包まれる。ヘルメットは重く、今まで感じたことのない高い横Gでヘルメットがサイドウィンドウに衝突する。ヘルメットを支える首が痛くなってくる。なんてことだ。4WD車の走破性は、2WDラリー車のそれと各段に異なることが体感できた。
4WDラリー車、恐るべしである!
何よりも、手に持った容器に熱いオイルが流れ込んできて、油面がどんどん上がってくる。容器が熱いのと重くなっていくのとで、容器を保持するのもやっとこさ。
かなり、ヤバい高さまでオイルが溜まった容器を落とさないように抱えて、走行終了した。吹きこぼれなくて助かった。

サザンクロスラリー優勝者凱旋走行会で走る
GTO【チームCMSC北愛知】

サザンクロスラリー優勝者凱旋走行会で走る
GTO【兄の所属チームCMSC北愛知】

同乗から要因を推測してみた…

駆動系の設計者となって、設計したモノは、自分の運転で走行評価していた。だが、自分の運転技量を超えてしまうと、運転に集中してしまい、モノの評価がおろそかになってくる。そこで、実験部所属メンバやプロドライバーの横に同乗して機能評価する技(わざ)を身に着けた。いくつかの案件で同乗して機能評価する経験を積んでいた頃ではあったが、有益な技であることは確信できていた。同乗から推測したのは、

  • 前後輪が跳ねまわり空転するので、センターデフの差回転が大きい。
  • LSDロック率中間では、クラッチ板は高差回転状態が長時間続き、クラッチ板すべり面で発熱し、オイルが高温になる。
  • ケース内の圧力が向上し、ケース内壁を流れるオイルがブリーザ室から、ブリーザ空気穴を通過して外部へ押し出された。

ラリーチームは、試験を中断し、当方の提案、『LSDロック率_強』を組み込んだトランスファーに交換。当方の推測正誤を実走行で確認した。規定の周回を走り切りった。オイル漏れは無く、評価『OK』となった。最大目的である『次のステージである欧州試験に提供する3つのデフLSDロック率の組合せ』を決めることができ、4WD駆動系の課題は終了となった。

初めてのラリー試験に参加して…

帰着後、トランスファーを分解。オイルは採取してオイルメーカへ分析に依頼した。試験終了部品は貴重である。どんなにお金を積んでも同じモノは作ることはできない。大事に大事に分解するのが肝である。

分解した部品を詳しく調査した。軸と一体で回るディスクは、オイル溝が全面にプレス加工されている。外周に向かい、円周状に摩耗が増えていき、外周付近では、溝底まで摩耗が進んでいる。更に摩耗表面にテンパーカラーが残っていて、板表面が長い時間、高差動回転状態にさらされたことを物語っていた。

実車の環境下での走行試験は、駆動系の強度試験や機能試験には大事である。台上試験では、ケースを固定して運転するので、おおよその強度や機能は判断できるが、車両が路面から受ける上下・左右G(重力加速度)の影響を考慮できない。

自動車部品は精密部品と言うが、設計には、遊びを入れるのが大事』である。ガチガチに設計すると、焼きつく・壊れる・異音がでる。 Backlash(ガタ)を考慮することで、良い設計作品ができあがる。好きな言葉がある。
『和羹塩梅』(わこうあんばい)、すなわち、『塩と酸味の梅酢を程よく加えて味つけをする。手を加えて良いものに仕上げる

さて、初めてのラリー試験に参加できての感想、というより、分かったことである。

常に路面とタイヤの接地面が離れるairborne*走行が続いていた。 
   *欧州ラリーチームのメンバーは、『airborne(空中浮遊)』と呼んでいた 
クルマが必死にタイヤで路面を引っかいて、前へ前へ進む仕草は応援したくなる。 

①直線走行時は、センターデフの無い直結4WDが良いはず。 駆動力は、タイヤ外径から接地面に伝達できれば良い訳で、
 4輪の差動回転数差をセンターデフ機能で調整しなくても、タイヤが宙に浮けば勝手に調整できる。
②問題は、コーナーを曲がるとき。直結4WDだとアンダーステア傾向になる。ここは、きっちりと前後輪間の差動回転差を 
 調整できるセンターデフが有るのが良い。
③上記の①+②から センターデフのLSDロック率は、『強』を選択した。しかし、②を最適に実現する手段が、この時点では
  分からなかった。『問題意識を持てば、答は自ずとやってくる。』 そのプロセスを体験するのは、次の欧州ラリー
試験の時であった。