一難去ってまた一難…
でも、この件は、終わらなかった。
監督から、『来年のパリダカのために補強品を100セット 12月クリスマス前に現地に届けて欲しい!』とのリクエストが広報部に打電されてきた。
費用は、全額、広報部が出す。日程に間に合わせて、部品をそろえて欲しい。 本社から技術センタートップへ依頼が来た。
いくら、ラリー専用と言えども、開発部品である以上、技術センターとして開発完了し、生産部門にバトンタッチしなければならない。一連の評価開発アイテム(性能評価・強度評価)をパスして、お墨付きを経てから、100セットの競技用部品を準備する必要がある。
臨時プロジェクトマネージャー誕生…
技術センタートップは、対応することに決定。プロジェクトマネージャーは、当方に決まり。開発スケジュールを立案。関係部門へ説明する。今回は、設計サポートも付き、当方は、進捗管理が主体となる。
完成している試作部品を駆動系試験部門に渡し、すぐに強度評価を始めてもらう。技術センタートップ案件は、量産開発よりも優先する。 強度評価は合格。性能評価も問題無く完了。技術センターのお墨付きを得た。
難関に挑む覚悟…
それよりも、100セットをどう作るか?
試作課と工場の生産計画課の協力も得て、大物鋳物は、量産鋳物のサプライヤーにお願いした。
それでも、夏休みを返上して、鋳物の本型と中子型を試作材料で準備する必要があった。
もし、質問や緊急の形状変更があったときの設計窓口や責任をどうするか?
当方が、夏休み中、自宅で待機し、連絡を取り合うことにした。夏休みの炎天下、子供を庭のビニールプールに入れている最中、数回、やりとりがあった。でも、暑かったなあ~。今より、温暖化では無かったので、良かったのかもしれないけど!
実は、内製部門が難関であった…
実は、問題は、内製部品であった。100セットの内製部品を機械工場で加工しなければならない。そのため、組合員に夏休みの数日間を休出してもらう必要がある。無理を言っても許されるかもしれないサプライヤーよりもハードルは高い。
工場の組合事務所に説明に行き、パリダカラリーの位置付け、会社としてバックアップする必要性など、最初に、幹部に説明した。そして、夏休みに休出していただくため、現場の方々に説明したいと組合幹部にお願いした。
さて、本番だ…包み隠さず真実のみを語る
定時日の帰宅時間に食堂に集まってもらい、説明した。『夏休みに家族との旅行も計画済みだし、なんで、夏休みを返上して『わけのわからない新しいデフ』を作らなければならないかのか?
逆の立場なら、当たり前である。そんな、恨みつらみが漂う重たい空気の中で、口火を切った。
どう話したら良いか?考える暇も無く、口から言葉が出た…
自分は、クルマが好きで会社に入社した。ラリーという競技は、ヨーロッパでクルマの知名度、そして販売量をあげるには、最適な道具である。
昨年のラリーの成績は、最高で3位だった。わが社は、来年こそ優勝を目指している。そのために、皆さんに夏休みを数日短くしていただき、部品を作っていただきたい。皆さんでなければ、作ることができないからでです。
でも、それらの部品は、12月のクリスマス前にヨーロッパに到着させ、ラリー前に車検を通し、来年の正月の朝、パリからスタートさせなければならない。
是非、皆さんの技術力を見せて欲しい。協力して欲しい。あとは、何を話したのか記憶にないが、最後に頭を深々と下げたことは覚えている。
しばらく、沈黙が流れた。『あ~、ダメかな?』と思った時、誰かが…
『よし、やってやろう!俺たちの作った部品を世界一にしよう!』
『そうだ、やろう!やろう!』の合唱と音圧が食堂の空間を埋め尽くした。
そして、拍手の渦。
『ありがとうございます!』と、頭をさげたまま、涙していたことを思い出す。
幸せな瞬間を得られた幸せ…
一致団結するというのは、こういう場面かもしれない。その後、機械工場へ行くことも多々あったが、みんなから声をかけられるようになったのは、嬉しい誤算であった。こちらが窮地に陥ると、協力してくれた仲間の温かさ。人とのつながりは、大切であるし財産である。すべての人が、感動的な瞬間に出逢うことは難しいだろうが、出逢えた人は、きっと、幸せであろう。
時間は、淡々とモノを準備する…
夏休みも、夏休み後も、進捗状況の確認のため、機械工場へ何度も顔を出した。 サプライヤーのフォローも。 やがて、夏が過ぎ、秋も深まるころ、100セットの部品が技術センターの南、道路を挟んで建つ運送会社に集結した。
モノを目の前にして…感動するのは避けられない
明日、発送する。それも、空輸。午後1時、確認のため、倉庫に入る。薄暗い倉庫の床に置かれたパレットの上にフロントアクスル100セット、リヤアクスル100セットが静かに置かれていた。
なんだか、感無量になり、人知れず涙を流していた。薄暗い倉庫内に自分一人。多くの人々の力で予定通りに作り上げた作品だからだ。慎重に数を数え、必要数があることを確認。
リヤアクスルのひとつにホワイトマーカーで書いた。
『優勝を信じています! 〇〇』 監督が見つけたかどうかは確認していない。でも、確かめる必要は無かった。ラリーの部品に関わった人々にとって『思い入れ』が必要なのである。
このエピソードは、『覇者 パジェロ』(小出出版) 『”思い入れ”がラリーを支える』に掲載されている。良い文章である。

『覇者 パジェロ』(小出出版)

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そして、再び、正月明けが来た…
激動の一年が過ぎ、新年明けの仕事初めの朝が来た。会社に着くと、FAX機の受信を確認する毎日が始まった。
レースの結果は、総合優勝・2位であった。
苦労は、報われた。機械工場のメンバーにも結果を連絡し、みんなで祝った。
生みだしたモノが、生き続きている喜び…
実は、この時のラリー用デフは、その後の主力デフとして生産されている。タイで開催のアジア・パシフィック・ラリーの出場ピックアップトラックにも搭載されている。今では、過去の会社での設計実績ではあるが、嬉しい限りである。自分が生みだしたモノ達が、現役として違うクルマに使われ続けているのは嬉しい限りである。

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