北欧の寒地試験は、半月以上は過ごす。遠隔地へ移動するので、費用対効果で計算しても理にかなっている。連日の作業で疲れた身体を休めるのも一つの過ごし方である。
でも、北極圏に手が届く場所にいるのに『北極圏を超えない手はないはず!』
金曜日の夜、メンバのアパートで夕食を食べながら…
『明日…北極圏に行ってみない??』
全員の賛成を得られる。食事の後、自分のアパートへ歩いて戻る。折からの満月の夜。月明りに雪道が照らされて、足元は明るい。マイナス20℃の張りつめた空気の中、『ニャー!』の声。目を向けると、立派な『ノルウェージャン』が座っていた。肉球も長毛で覆われている北欧の猫。流石です!

自炊夕食 欧州研究所の博士とVEICLE ENGINEERを招いて、

一路、北極圏へ向かう…

いつもの朝食会場。みんな、遠足気分で集まっている。 レンタカーのVOLVO-2WDは、無事に走破できるのでしょうか?朝食会場の前を出発し、一路、北極圏を目指す。 いつもの試験場とは反対方向に、いつもの交差点を曲がり、直進していく。途中、BMW試験場、BENZ試験場の前を通過し、家が点在する村の端から両側が針葉樹林に変わっていく。

トナカイ 左から侵入してきた
トナカイが道路を横断中
トナカイは、森の中へと去っていった

学習成果が生かされた。道路の両側の雪壁の上に『竹竿に括り付けた黒いビニール袋』を発見し、減速する。すると、左の土手から一匹のトナカイが道路を横断し始め、右側の土手を登って、針葉樹林の中へ消えていった。のどかだなあ~。

豆知識を披露~

滞在中、VOLVO車のフロントが垂直で、頑強な理由が分かった。スウェーデン政府の雪道の安全運転教本が、試験場事務所に置いてあったので、昼休みに読んでいた。
『道路で、前方にトナカイを発見したら、急ブレーキを掛けない。停まれないと判断したら、トナカイを撥ねてでも、安全に停止してください。罪に問われることはありません。もし、トナカイが死んでしまったら、最寄の警察に届けてください。政府がトナカイの持ち主に保証金を支払います』
トナカイは、ラップランドの原住民が雪原の上で放牧しています。彼らの資産です。政府は、原住民との共存の道を保護政策としています。ちなみに、トナカイよりも大型のヘラジカ(エルク)の場合は、『ぶつからずに回避する』です。
皆さん、ご存知の『エルクテスト*』が生まれたきっかけです。 自動車がヘラジカの足に衝突し、胴体が倒れ、自動車のルーフをつぶすテレビコマーシャルを見ましたが、衝撃的でした。ちなみに、滞在中に村で出遭ったヘラジカは、まあまあ小型でしたが、迫力がありましたよ。

北極圏は、『線』が引かれているもんだと思っていました…

果てしない直線道路、2WDでも、快適。外は、マイナス20℃の世界。快晴。気持ち良いドライブ。
やがて、『北極圏』に着いた。
地上に線が引かれているのが、北極圏のイメージであった。
現実は、看板が一枚と国旗が立っている閑散としている観光地であった。 でも、『達成感は有った。』
車が停車している側をスノーモービルが何台も通り過ぎる。自動車とスノーモービルが並走したり、横断したり、日本では、お目に掛かれない冬のレジャー環境に心躍る。 
北極圏の『見えない線』を踏み越えて、レンタカーは、ノルウェー国境を目指す。

北極圏に到達。記念すべき一枚の画像。

迫りくる2つの危機…異国の地で英知を発揮する

途中、左手に巨大なダム湖があり、停車しようと、ダム湖沿いの駐車帯(?)にバックしながら停まろうとしたときであった。左後輪が雪面にハマった。車から降りて、後輪のところに近づくと、足がずぶずぶと沈んでいく。まるで、底なし沼である。 後で分かったのだが、ダムの水面に向かって、急なスロープになっていて、雪がのっている状態。 駐車帯と思ったのは、赤白ポールが台形を示すかのように2本がダム側に刺さっており、あたかも『駐車帯』に見えたからである。今、思えば『危険・雪庇』を明示していたのであろう。 まさしく、タイヤがハマったのは、『雪庇』の上だった。FR2WD車では、自力脱出できなかった。みんなの英知を集約し合って、何とか脱出できた。 第一の危機は脱した! 冬の駆動系試験で培ってきたチームワークの勝利とでも言っておこう。

道路の左右が開けてきた。ノルウェー国境に近づく。EUに参加する前は、国境として機能しているたのであろう。パスポートコントロールの建屋は、役人も居なく、停められることもなく、車は通過していった。山奥に点在する建物と延々に国境線上に伸びている鉄条網が載せられたフェンス。 歴史の遺産なのか、北欧の寒地で出遭った光景であった。やがて、氷雪路は、下りになり、大きな町の交差点にぶつかった。 なんとなく、『バイキングの故郷』と頭に言葉が浮かんだ
『さあ、戻ろう!』
交差点をぐるっと回り、坂を上っていく。旧パスポートコントロールを通り過ぎ、ダムを右手に見て帰路を移動していく。残りのガソリン量が気になった。 『そう言えば、来るときにガソリンスタンドを見かけた。そこに寄ろう!』

前方の左側にガソリンスタンドが見えた。 斜めにスタンドに入っていく『やや狭い雪道』があったので、迷わずに乗り入れていった。視線の中に『Snowmobile trail』の看板が通り過ぎて行った。『何の意味だっけ??』っと、頭の中で巡らせていた瞬間、『スノーモービル専用道』だ…分かった…と、同時に、車がハマった! 
第2の危機の始まりである。 先ほどの危機とは異なり、左前輪側が底付きしている。誰の目にも人力の英知では脱出できないと理解できる状態である。
晴天で青空、ピンと張りつめた冷たい空気感。誰も言葉を発しない。 『どうする?どうする?』  心の声が叫ぶ。
ふと、ガソリンスタンドの方向に目をやると、赤い屋根の事務所が見えた。 事務所の外に黒い背の高いワンボックスが見えた。

雪のため、伊豆旅行を断念。瀬戸市郊外の柿野温泉に宿泊した

イメージ画像

その車は、『初代三菱デリカ4WD』であった。
大きなフォグランプで囲まれたブッシュガードが眩しい硬派なクルマ。
その運転席から若いオーナーが降りて、こちらに歩んできた。
4WDの男『自分の車で引っ張り出そうか?』
当方『ありがたいです。お願いします。』
4WDの男『でも、牽引ロープを持っていないんだ。ロープは持っている?』
レンタカーには搭載されていなかった。ガソリンスタンドに行き、店の棚で牽引ロープを探す。『有った!』
デリカ4WDは、最強である。いとも簡単に、雪のトラップから引き出してくれた。 
4WDの彼にお礼を言う。最後に…
『この車の4WD駆動系を設計したんですよ!』と話すと、大変喜んでくれた。 
遠く北欧の地で、初代デリカ4WDを愛してくれている人に出逢えるとは、なんと幸せな気分であろう。
第2の危機も脱した。
この時の『牽引ロープ』は、日本へもって帰り、海外出張の経費のひとつとして計上した。
その後、日本の試験場に『栄光のレスキュー備品』として保管された。北欧の思い出のひとつである。