スタリオン4WDへのお誘い

『自動車会社で創り出したモノで、一番の創出製品は何か?』
と、問われれば、間違いなくこう答えるだろう。
『スタリオン4WDラリー車の駆動系だ!』
知っている人は知っているが、『世の中に出なかった幻のグループBラリー車』である。
このラリー車の開発を通じて、『4WDの何たるか?』も知ることができた先生でもある。
その後に出現するFFフルタイム4WDの開発に役に立ったのは、当方だけだったかもしれないが…。

スタリオン4WDは、ミッドシップFRフルタイム4WDを目指していた。縦置きエンジンをバルクヘッド壁にめり込ませ、前後荷重配分50:50を目指した。当時の自分は、
『前後軸のそれぞれに如何に駆動力を有効に伝えるか?更に前後に配分された駆動力を如何に左右へ有効に分担し伝えるか?』
をつねに頭の中に置いて考えていた。あくまでメカ4WDの世界観である。
それでも、頭の中では、ラリー車を走らせながら、寝ても覚めても3つのデフの差動制限ロック率(以後、LSDロック率と称す)の組み合わせを考えていた。 

WRCラリーを劇的に変えた『アウディークアトロ(4WD)』の出現

アウディクワトロ(4WD)ラリー車が、WRCの世界を劇的に変えた1980年。
それまでは、モータースポーツの世界では、4WDを排除していた。その訳とは?
時は、1977年。アウディー(以降、AUDIと称す)が新型セダンAUDI-200をフィンランドで開発試験をしていた時のことであった。AUDIは、フォルクスワーゲン(以降、VWと称す)グループで上級乗用車をカバーしていた。世間では、年配向けの落ち着いたクルマ。VWは、若者向けとターゲットを分けていた。親会社であるVWからAUDIに対して、販売先細りを逆転する一手を強く要望されて経営陣は四苦八苦していた時期と重なる。さて、フィンランドでの雪上走破性試験の時に話しを戻す。

AUDI クワトロスポーツ
スタリオン ミニカー

AUDIクワトロ&三菱スタリオン ミニカーコレクション

4WDの脅威を隠したFIA…オフロード4WDの評判に騙される

同行していたサポートカー『VWイルティス_75馬力の4WD』の方がAUDI-200よりも雪上走破性が格段に良い結果であった。
技術者たちは頭を抱えていたが、参加していた技術責任者だけは、『これだ!』と思ったそうだ。
彼は、帰着して、アウディーの若返りを図る提案を上司に提言する。
FF2WD乗用車を4WD化して、スポーツ性向上を図る目的の革新的な4輪駆動車を市場へ投入する
という主旨である。当時の4WDは、悪路を走破する泥だらけの車のイメージが強く、用途は、鹿狩りや魚釣りというレジャーと林業用途であった。スポーツ性よりも、道なき道を前進する泥臭いマニアックな存在であった。 さて、起死回生のため、スポーツ性向上を図る目的の4WD開発を決定したAUDIは、試験車を仕立てる。AUDI-80にAUDI-200用5気筒エンジンを搭載し、当時一般的なパートタイムではなくフルタイム4WD構造で『クアトロプロジェクト』をスタートした。 試験車による性能は期待通りであり、量産に向け、開発を推進していた。AUDIクワトロが、世にお披露目されたのは、1980年 ジュネーブショーであった。AUDI技術部門には、もうひとつの重要な使命が与えられていた。
『スポーツ4WDの有効性をモータースポーツで証明すること』

当時、AUDI80でWRCを戦っていたが、戦歴は振るわず、クワトロを投入したいと目論んでいた。
しかし、当時のWRCは、車両規定で4WDを締め出していた。理由は、1972年にWRCの前進である国際マニュファクチャーラーズ選手権が、初めて北米で開催されたときのこと。スポット参戦した4WDジープワゴニアがレギュラー参戦していたFR2WDのラリー車たちを凌駕する走行性能を見せたのである。 その後の競技には、スポット参加でも、4WD車が参加できないように規則変更した。

 

AUDIクアトロラリー車

AUDIクアトロラリー車 プライベート山林での試験

AUDIは、4WD車も参戦できるようFISA(FIAの前身)に対して規則変更要望の運動を開始した。WRCに参加していた全ワークスチームから、4WD参戦認可の承諾を取付け、規則変更を申請した。 当時のラリーでは、『4WDのラリー車では、構造が複雑化して、重量が嵩むだけ』だと考えられていたことから、どのチームからも、すんなりと承認を取り付けることができたのである(個人的な見解:このようなロビー活動は、日本は今でも弱いように感じる) AUDIの申請を受けてFISAも4WDの規定を緩和した。AUDIは、ホモロゲーションを取得し、クワトロをWRCへ投入することができた。初戦のモンテカルロラリーでは、トラブルで結果は残せなかったが、150km走行後、2位以下に約6分の差をつける脅威の走りを見せつけた。次のスウェーデッシュラリーでは、優勝し、ライバルたちに4輪駆動車の有効性を見せつけた。AUDIクアトロラリーが出てきて、ライバルたちは、4WDラリー車を投入する動きが活発となる。

4WDラリー車の試練…

しかし、初年度のAUDIクワトロラリー車は、課題満載であった。

  • フロントヘビーな重量バランスによるアンダーステアが走行性能に影響を与えていた。
  • 信頼性の問題からセンターデフを外していたため、タイトコーナーブレーキングで苦戦。かなり苦労していたようだ。