モータースポーツで有名なトランスアクスルメーカーを訪問する
2つ目の訪問先。駆動系の代表ともいえるトランスミッション。それも、モータースポーツ業界では有名な
『ヒューランド(Hewland Engineering)』。1960年ごろ、フォーミュラ2に搭載するトランスアクスルを依頼されて開発したのがスタート。その後、フォーミュラ1やルマン出場車用など多くの競技用トランスアクスルやトランスミッションを世に出した。現在もその名声は維持されている。歴史のある建屋に入る。設計室や実験室、工場を見せてくれた。印象的な事がいくつかあった。
伝統ある会社は、エンジニアの創造したモノ文化がある…
●設計室
青い白衣を着た若いドラフター(製図工)が、製図版に向かって『墨入れ』をしていた。自分も設計図面を数多く作図してきたが、墨入れしたことはなかった。ゆっくりと墨入れしている作業は芸術作品を創り上げるように美しい。ドラフターが輝いて見えた。
●熱処理炉
歯車加工や軸物加工ショップも見せてもらった。歯車加工は少量生産、時間をかけている。仕上げはとてもきれい。芸術品である。気になったのは熱処理ショップ。塩浴窒化処理炉が並んで埋められていた。ガス軟窒化であり、窒化層は浅い。歯車の熱処理変形は少なく品質も安定するが、使用環境下が制限される。 頭の中でランプが光った。ヒューランドは、歯車噛合い部へオイルスプレーし冷却する方式。

2014北京モーターショー4WD調査
オイルポンプとオイルクーラが必要となる。1960年代のギヤオイル。高温耐久性も乏しい。レースの環境でゴールまで走り切るには、工夫が必要だったはず。その答えは、オイル温度を100℃未満に保つこと。ヒューランドがモータースポーツ愛好家に愛されている理由が分かった。
ミチはつながっていた。ミチの先で求める答に出遭う…
■特長_その壱 【3ピニオン】
3ピニオンは、初めて見た。 世の中で3(TRI)は、安定数である。ドライブシャフトには、トリポッドジョイントがある。
3点当りは、4点当りよりも安定する。4ピニオンデフが、2ピニオンの2倍の容量を得られないのは自然の摂理である。
中国古代、鼎(かけい)という3本足の入れ物がある。古代人は、3足が安定することをなぜ知っていたのか?
3の倍数は、不思議な数列である。 『3』 『6』 『9』 何かの機会に書き記したい。
■特長_その弐
【LSDのカムアングルが 正転側が90度、逆転側が0度】
カムアングルの正/逆転が異なっている理由が知りたくなり、
『なぜ、カムアングルが正逆違うのですか?』
『サーキットを走るときLSDは有効です。しかし、コーナリングで膨らむと、初心者はアクセルを離します。すると、エンブレトルクでスピンします。逆転方向もカムアングルが同じだからです。そこで、アクセルオフにしたとき、差動制限せずに車両スピンさせないLSDを開発しようと。』
『なるほど。良いアイデアですね。』
その時は、あまり、気に止めていなかった。

2014北京モーターショー部品館調査(デフギヤ)
空に舞い上がったとき、まさに神が降りる…
帰国の飛行機の中。機内が睡眠モードに消灯された。しかたなく、目を瞑った。
『長い出張だったなあ~』 心で思ったときであった。『正逆異なるカムアングルを組み合わせたセンターデフLSD』が3Dで浮かんできた。スコットランド試験で課題となった『コーナ入口で進入姿勢をバチッと決める方法』に使えそうである。目を開けノートとシャープペンを取り出し絵を描いてみた。上手くまとまりそう。やがて眠りにおちた。経験上、頭にカタチが浮かんだ創造物は現実となる。帰国後の海外出張報告に提案として提出した。即刻、仕様書を書き計画図を引いて、上司とラり―チームへ説明した。みんな、良い案だと喜んでくれた。早々に試作へ移行し、次のラリー車試験へ投入することがきまった。

北欧寒冷地試験_ストックホルム空港
並行して、特許調査をした。なんと、日本のとあるカーメーカーから特許出願済であった。時期は、1970年代。ヒューランドの実例を公知の事実として特許庁へ再審査要請を出せば、特許取り消しをできるが、こちらが近々採用しようとしているのがばれてしまう。他に手は無いか? 特許請求範囲を詳細に分析する。 そして、自分の分析結果と回避設計案を本社知的財産部で評価してもらい、『特許事務所から回避可能であるとのお墨付き』をもらった。
ラリーチームの試験結果は上々。このシステムをFR4WDラリー車のセンターデフ機構として固定した。